深海一辺倒

ままならない生活

男男関係性映画10本立て+α

 

BL要素のある映画を見たい!

腐オタたるもの、教養として先人の残した作品は履修しておきたいですよね。
でもどれを見たらいいかわからない、あるいは曖昧なあらすじしか知らない……。

じゃあ……全部見たらいいじゃない!!

ということで、有名どころの映画を一通り観てきました。
以下、映画の素養のない素人感想文です。ネタバレ含。

なお以下の作品は全てAmazonのレンタルで視聴可能です。
一部はAmazonプライムにも入っているので無料で見られちゃいます。

ブロークバック・マウンテン

マジで……良かった……!!!!!!
個人的には五本の指に入るお気に入り映画になりました。名作です。

まだ同性愛に否定的な思想が根強かった1960年代のアメリカで、男二人が添い遂げて生きることの難しさを描いた一作。

序盤は(人によっては)退屈なほど、青い空・白い雲・緑の山々・たくさんの羊たちが続きます。なんてのどかな風景なんだ……。
ここがタイトルにもなっているブロークバック・マウンテンです。
そこで牧場手伝いの季節労働者としてコンビを組むことになった主人公、イニスとジャック。

最初は気まずい雰囲気の二人ですが、大自然の中で徐々にその友情は育まれ、だんだんと近づく二人の距離……そしてある晩、二人は一線を超えてしまいます。
それでもお互い幸せで、その仲を邪魔する者は誰もいない。二人だけの世界、そこがブロークバック・マウンテンなのです。

しかし、山の外の現実は厳しい。

二人は「来年の夏も、またブロークバック・マウンテンで会おう」とそれとない約束を交わしますが、その約束は果たされることなく、二人の人生は別々の方向へ進んでいきます。

というのも、イニスは幼少期に『同性愛者の男性カップルが惨殺される』というショッキングな事件を目にしており、それ故にどうしても公の場で自分が同性愛者になることを受け入れられないのです。
イニスはジャックと別れたその年に、当時付き合っていた女性と結婚し、家庭を持つことになります。
一方のジャックも、イニスのことが忘れらないものの、資産家の娘である女性と結婚。

しかし、そうして家庭を育む傍らで、二人は熱心な文通を交わします。
文面こそ「今度釣りに行かないか」というものですが、その実態は肉体関係を伴う逢瀬。

実質浮気というか……家庭の方が社会的なうわべに過ぎないというか……。
しかし、そうでもしないとキスもできない二人。それぞれの家庭もうまくいかず、段々と物語に閉塞感が漂い始めます。

お互い思い合っているのに、逃避行するほどの踏ん切りはつかない。それでも相手を忘れられず、ただただ辛い恋です。

しかしある時、イニスが自分の気持ちと向き合うきっかけが訪れます。
それはジャックの身に起きた不幸で……。

エンディングまで二人の悲恋が胸を打つ一品です。泣いた。

 

余談ですが、この作品を見た海外腐ネキたちが原作者宛てにジャックハピエン二次創作を送りつけたところ、作者大激怒ですごい怒られが発生したという事件があります。
作者に二次創作を送るのは……やめようね!

君の名前で僕を呼んで

青い空の下、寄り添う二人が印象的なキービジュアルの本作。
画がひたすらに綺麗です。メイン二人の顔も素晴らしい。

内容はというと、夏休みに教授の下へ研究にやって来た大学院生オリヴァーと、教授の息子である高校生のエリオ。二人の交わすひと夏の恋――。

……というと聞こえがいいのですが、なんというか……実際見てみると、

「オリヴァー……こいつ……無、無責任!!!!!!!!!」

という感じがします。

だって……オリヴァーは夏が終われば帰ってしまうことが決定してるんですよ?
ひと夏の戯れで男子高校生を誑かしてやるなや……!! と思います。(主観)

しかも結末がまた……無責任!!!!!

年相応に無垢で、恋愛を心から楽しむエリオに対し、どこか引いた姿勢と本気の姿勢を交互に見せる曖昧なオリヴァー。

こういう時は年上がいい感じにいなしてやれや……と思います。

しかしその分、そこまでオリヴァーを本気にさせてしまったエリオとの恋愛や、夏らしい恋の熱さは見どころですね。

Summer of 85

1985年の夏、セーリング中にヨットで転覆事故を起こした青年アレックスは、たまたまその場に居合わせた好青年・ダヴィドに助けられ、それをきっかけに二人はその仲を深めていきます。

本作は小説『おれの墓で踊れ』を原作とした映画です。こちらのタイトルだけなら聞いたことがあるという方もおられるのでは。

「おれの墓で踊れ」というフレーズは、本作で恋に落ちるアレックスとダヴィドの交わした約束に由来します。
それは、「二人のうちどちらかが先に死んだら、残された方が相手の墓の上で踊る」という一風変わった(というか荒唐無稽な)ものです。

これを言い出したのはダヴィドの方なのですが、こんなことを仲睦まじく接している時に言う時点で、若干破滅的な香りのする青年です。
実際、誰にでも見返りを求めず優しくし、一瞬一瞬を生きるような奔放さが彼の魅力です。
その一方でアレックスは、そんなダヴィドにやきもちを焼いたりと、やや愛情重めなところがあります。

ところでこの作品、原作小説の出だしは「死んだ友人の墓を損壊した罪で逮捕された一人の少年が、どうしてそんなことをしたのかを、手記でもって語る」というものになっています。
ということは、まあ……人が死に……ますね。

文字通り破滅的に、ダヴィドは思わぬ交通事故でその命を落とします。

しかしこの映画、むしろ彼が死んでからが本番。

なかなかスピーディーにあの世へ逝ってしまう彼なのですが、残された方はまるで気持ちの整理がつきません。しょうがない。
そこで、せめてあの約束だけは果たそうと、ダヴィドの墓の上で踊ろうとするアレックスと、ダヴィドを知る様々な人たちのすれ違い、協力、心模様。

彼の死がどのように人々に受け止められていくか、その過程が美しく描かれています。

ひと夏の死と、その傷のかさぶたに重きを置いた作品です。

永遠に僕のもの

天性の美少年であり、また同時に息をするように犯罪を犯す、末恐ろしい少年・カルリートス。天使のような美貌が印象的です。

そんな彼に目を付け、更なる犯罪にいざなうのが、打って変わって荒々しい印象の青年・ラモン。

この二人による、鮮やかで妖しい犯行シーンが本作一番の見どころです。

特に良いのが、宝石店で盗みを働く二人のシーン。
盗んだ宝石を嬉々として身にまとい、鏡を見る二人。まるで「ゲバラカストロ」だというラモンと、「エビータとペロン」だと返すカルリートス。

私は無知故にどの例えも分からなかったのですが、あとで調べてみると、二人の例え方の違いが考え方や行動の違いを反映していて良いセリフです。あと顔が近くて良い。

欲しいものは盗む。邪魔な人間は殺す。何も悪びれず、ずっとそうやって生きていくつもりのカルリートス。
一方ラモンは、大金を手にした暁には犯罪から足を洗おうと考えます。

その差ゆえでしょうか、二人はやがてヘマを犯し、ラモンだけが刑務所に収監されてしまうことに。

次に二人が再会した時、カルリートスはラモンを見捨てた裏切り者扱いで、ラモンは別の相方を見つけていました。
そんなラモンを前に、カルリートスは更なる罪を重ね……。

カルリートスが「永遠に僕のもの」にしたかったのは何なのか。

カルリートスの持つ破滅的で恐れ知らずがゆえの美しさが、映画の最後までふんだんに散りばめられており、思わず彼に魅了されてしまう一作です。

マイ・プライベート・アイダホ

街角で男娼をして日々を暮らす主人公・マイクが自分のルーツを探る物語。

……なのですが、初見でストーリーを理解できるかは微妙。兄だと思っていた人物が実は父親だったりと、複雑な家庭環境がちょっと……わかりにくい……。

また、主人公が持病(ナルコレプシー)のため頻繁に意識を喪失し、場面転換を繰り返すので、なかなかシーンの繋がりが掴めません。

彼の親友であり、共に旅をしてくれる男娼仲間のスコットは、実は良家の生まれで、旅すがらあっさり女性と恋に落ちるや男娼からも足を洗ってしまったり……と、結局マイクは終始取り残され、何者なのかと言われるとわからない……。

強いて言うなら、荒波にただ流されていく青年……という感じでしょうか。

私はなんとなくわからない所はスルーしつつ、フィーリングで見ました。
関係性というよりは、男娼の主人公の刹那的な生き方が見どころなのかもしれない。

わからない……私は雰囲気で映画を見ている……。

キル・ユア・ダーリン

刹那的な恋と革命と文学に満ちた大学生活を送る男子大学生たちのお話。

コロンビア大学に入学するも、文学の教授と授業の方向性が合わないことに不満を覚える主人公・アレン。(ハリポタでおなじみのダニエル・ラドクリフ氏が演じています)

そんなアレンの前に現れたのが、「文学革命」を謳う青年・ルシアンです。

アレンとルシアンは他の仲間たちとも意気投合し、「文学革命」を起こすべく、詩を書き散らしたり、クスリからインスピレーションを得たり、大学図書館をめちゃくちゃに荒らしてみたり……とただれた大学生活を送ります。
ドタバタしていて面白いですが、怖いもの知らずすぎる。

そんな風にして思想を行動に移す過程で、アレンとルシアンの仲も親密に。

しかしルシアンには、どうしてもついてきて離れられない元カレがおり、辟易していることが発覚します。これもまあ……どちらか片方が悪いという訳ではないのですが、只々ただれとる。

その痴情のもつれから、ルシアンは元カレを殺してしまうのですが、ルシアンは「自分は同性愛者の男から肉体関係を迫られ、正当防衛しただけだ」ということをアレンに供述するよう求めてきます。(冒頭のシーン)

それに対し、アレンの出した答えは……。

実在の詩人、アレン・ギンズバーグの学生生活中に起きた殺人事件を映画化した本作。
個性豊かな文学者たちが登場するのも見どころですね。

ムーンライト

貧困地区に暮らす黒人の少年・シャロンの少年期~成年期までの成長を3部に分けて描いた本作。

シングルマザーで売春婦であるシャロンの母は麻薬中毒で、ろくに少年シャロンの世話もしてくれません。またシャロン本人も内気だったため、地元コミュニティではいじめが続きました。

そんな中、唯一友達でいてくれたのが、少年・ケヴィン。彼との友情は成年期までずっと続くことになります。

しかし、青年期を迎えたシャロンは、ケヴィンに抱く自分の思いが特別なものであることを自覚してしまいます。けれどそれを打ち明けることもできない。
一方ケヴィンは彼女を持ち、成年期には家庭を築く『人並みな暮らし』に落ち着いていきます。

印象的なのが、青年期のワンシーン。
夜の砂浜で並んで座り、一本のハッパを二人で吸う場面です。
昔ながらのじゃれ合いをしながら、シャロンとケヴィンはその場限りのキスと自慰に耽ります。しかし、恋愛関係には至らない。若気の至りということで落ち着いてしまう。
けれどシャロンは、その時のことを成年期までずっと大切な思い出として抱えていくのです。

成年期、内気だった青年期とは打って変わって、地元を取り仕切るボスにまで成長したシャロン。体を鍛え、高級車を乗り回す姿に、かつての面影はありません。

シャロンには、かつて自分の母をダメにした麻薬販売人になって生きていくしか道がなかったのです。

そこで不意に再会するシャロンとケヴィン。互いの近況を話しつつ、昔のような親しい会話を交わします。
その時だけ覗く、内気でケヴィンを想う昔のようなシャロンの横顔が美しい。

シャロンの心に秘めた思いが、なんとも切なくエンディングを飾ります。

この映画、海も何度か出てくるのですが、シャロンの浅黒い肌とマイアミの透き通った水の表現がすごく綺麗。

ベニスに死す

いつの時代も推しは尊く、自分たちは触れることも話しかけることも叶わず遠巻きに眺めるしかないが、それは死んでもいいくらいのときめきと喜びをオタクの人生にもたらしてくれる。

そういう心情をありありと描いたのが『ベニスに死す』だと思っています。勝手におま俺映画だと捉えている。

主人公であり作曲家のグスタフは、創作の行き詰まりを感じ、ベニスを訪れます。そこで出会ったのが美少年・タッジオ。(といっても、本当にただ見かけただけ)

同じホテルに滞在するうちに、グスタフはますますタッジオの美貌と佇まいに惹かれ、ついつい目で追ってしまう日々が続きます。

しかしそんなベニスの街にも、いよいよコレラが流行し始めます。

観光客もほとんど立ち去り、路地に消毒薬が撒かれる中、グスタフはなんとか一言この事を忠告しようと、タッジオを追って街を彷徨います。

この時グスタフは、少しでも自分を綺麗に見せようと、白髪を黒に染め、白粉や口紅でメイクしてもらうことで、長らく失っていた若々しさを(精神的に)取り戻しています。

ここもオタク共感ポイントというか、推しのために少しでも見映えを気にして、その上で精神的若さ・元気を得るのって……めっちゃオタク仕草……と思わされますね……。
オタク、100年前から変わっていない。(『ベニスに死す』の原作小説は1912年発表)

しかし、ここでもやはりタッジオに声はかけられないまま。やがて汗で白髪染めの黒い塗料がグスタフの額を伝っていきます。切ない。
それでも、変わらずビーチに繰り出していく水着姿のタッジオを遠目に、グスタフは震える手を伸ばし、息絶える……。

いや、作中で一度はベニスを離れたものの、また戻ってきて案の定死ぬようなグスタフは、きっと傍から見ればめちゃくちゃ愚かな男なのですが、オタクとしてはこう……共感してしまうというか……似たような所はありますよね? ない?

グスタフは、タッジオを追えるだけで終始満足なんです。

またタッジオがほとんど言葉を発さない点も、オタクが推しを崇拝しているみたいでリアルでした。下手に人間くさいより、いっそ天使みたいに浮世離れした存在であって欲しい気持ち……ちょっとわかる。

戦場のメリークリスマス

この映画を見る前の私でさえ、この映画のメインテーマ『戦場のメリークリスマス』は何度も耳にしたことがありました。有名ですよね。
戦時下の極限状態での男男関係性を描いた作品ということで、今更ながら視聴。

(登場人物に本業の役者さんが少ないということもあり、ややセリフが聴き取りづらいのはさておき)
ビートたけし演じるハラ軍曹&捕虜代表の通訳係ロレンスの間に生じる「友情」と、ハラの上官であり日本男児を絵に描いたようなヨノイ大尉殿&そんなヨノイに一目惚れされたがゆえに様々なトラブルの元となるセリアズの「恋慕」という2組の男男関係性を描いた映画。

戦時下の日本軍の捕虜(俘虜)であるロレンス&セリアズと、そんな彼らの生殺与奪の権を握るハラ&ヨノイの間にある身分差、同性愛を恥・自害を美学とする価値観の違い、物語冒頭で語られる男色禁制の状況、そんな中でちらりと明かされるセリアズの過去など……。

しかしこの作品、デヴィッド・ボウイ演じるセリアズが本当にずるい。顔がいい上に、本人がそれを分かっている。自分がヨノイに好かれていると気づいているから、わざと他の捕虜を庇って自分にヘイトを集めている。

終盤、ヨノイ大尉の頬に口づけするセリアズのシーンがあるのですが、その一瞬は時が止まったかのようにセリアズの一挙手一投足がなめらかに表現されていて、本当に美しいの一言に尽きます。
これには彼に惹かれるヨノイの気持ちも分かるというものです。

その後のセリアズの運命と、それに対してヨノイの取った行動、終戦後のハラとロレンスの関わりの変化など、今見ても味わい深い作品です。

マティアス&マキシム

お芝居のキスから始まる男男関係性。

本作は『君の名前で僕を呼んで』などから影響を受けて作られたということもあり、なんというか……ある種、純粋な恋愛映画です。

昔からの友人であるマティアスとマキシムですが、ひょんなことから二人は友達の妹が撮影する自主制作映画でキスシーンを撮られることになってしまいました。
それをきっかけに、マティアスは自分の思いに気づき始め、困惑する。婚約者もいるのに、今更男友達に恋慕を抱くなんて……と、自分でも整理しきれない。

一方のマキシムも、一人にしておけない母を抱えつつ、オーストラリアへ旅立つ準備を進めており、残された時間は短い。
その中で二人は小さな衝突と激情に駆られたキスを交わす……。

というようなお話なのですが、なんていうか……マティアスが困惑のあまり、マキシムが渡豪するのに必要としている書類をわざと渡さない(!?)とかいう、好きな子に意地悪しちゃう男子かよレベルの行いを成人男性がするのでビビります。
マキシムの母も情緒不安定なため、マキシムと離れる上で不安だらけだというのに、書類で困ってる場合じゃないんだよ……。(ちなみにこの母の問題は特に解決せず終わる)

あとマティアス&マキシムを含む男子グループのノリがめちゃくちゃ陽キャで怖い。

ある意味、めちゃくちゃ王道なすれ違い・誤解・ケンカの恋愛ものなんだと思う。私はあまり肌に合わなかったけども……。

ブロマンス映画も見たい!

本筋が別にある作品に含まれる、プラトニックな男男の関係性からしか摂取できない栄養素が……ある!!!!!
探偵と助手のバディものミステリーとかがまさにそうですが、今回はSFとコメディドラマを紹介。

TENET

時間遡行モノのSF映画です。時間遡行の仕組みに関しては……本編を見て下さい!
私にはうまく説明できない。(ちゃんと理解しても若干公式でガバってる所があるらしいし、多少はね?)

とにかく、時間を逆行することで逆回しのビデオみたいに人が動いたり、車が後ろ向きに走ったりします。

そんな逆行を可能にするマシンを駆使して過去と現在、そして未来を巻き込みながら、主人公である名もなき男と、その相方であるニールが世界を救うミッションに挑みます。(といっても主人公は、途中までこれがどんなミッションなのか知らずにいるのですが)

合言葉は「無知は我々最大の武器だ」。未来を知らない方がうまくいく作戦もあるということです。
TENETというのは造語で、これの意味も作中で明かされます。上から読んでも下から読んでもTENET。回文ですね。

ちなみに、足を引っ張らない強ヒロインも出ます。女キャラが自立してて最高。

本作、基本的には素直に面白いハリウッド映画なのですが、最後……最後の一幕で、急に関係性が……来ます……! SFアクションを楽しんでいたら突然脇腹を刺される。
しかもなんか……こう……色々な妄想を掻き立てる余白がたっぷり用意されている! 関係性オタクをスッと殺しに来る。ハリウッドくんも、そういうことするんだね……。

ちなみに吹き替え版は櫻井孝宏氏のニール幸薄ボイスが聴けます。良いです。

最強のふたり

金持ちで偏屈だが首から下が不自由で介護を必要とする男・フィリップと、スラム街出身でノリも教養もまるで違う黒人の青年・ドリスによる、凸凹バディコメディ。

「障害者として扱われる」ことを嫌うフィリップに対し、そんな彼をただの友達のように扱うドリスとの間で次第に育まれる信頼と友情が素晴らしい。
下ネタで盛り上がったり、専門外の相手の趣味に付き合ってみたりと、本当に対等な友達として描かれている。
また、正反対の属性を持つ相手だからこその悩みやトラブルもきちんと描写されている。

私が明るいバディものに求める「こういうのでいいんだよ」的要素が余す所なく詰め込まれており、非常に良かった。万人にオススメできる。

とにかく伏線回収が完璧なのが良い。最初にドリスがフィリップの豪邸を訪れた際、盗んでしまった金細工の卵や、フィリップの文通相手、複雑でトラブルを抱えるドリスの家族たち等々……。
その全てが後々の話に関わってきて、とにかく必要なものしか出てこない美しいつくり。これにはチェーホフもニッコリ。

また見返したいくらいスッキリした名作でした。

終わりに

かれこれ映画を12本見た訳ですが、個人的な感想としては、

>>片方の男が死ぬと……面白い!<<

やっぱり、片割れに死なれると残された側は色々考えたり行動したりしますからね。
話が分かりやすいし、面白くなりやすい。キャラの味も出ます。
これからも色んな男男関係性とその死を看取っていきたいね……✝

男、死んで男の疵になれ。

以上、男男関係性映画10本立て+αでした。